シリコンバレー

シリコンバレー / Silicon Valley

巨大ハイテク企業とベンチャーの集積地


概要


シリコンバレーはサンフランシスコ・ベイエリア南部のニックネーム。カリフォルア州北部に位置している。世界で最も巨大なハイテク企業の集積地であり、また何千というスタートアップ企業が存在している。

 

地理的にはサンタクララバレーを取り囲むようなものととなっており、サンフランシスコ半島の南半分、イーストベイの南部にあたる。サンタクララ郡、サンマテオ郡、アラメダ郡の一部もしくは大半を含む。

 

「バレー」という言葉はサンタクララバレーのことを指し、その場所は一般的にサンノゼとその周辺の都市や町の中心地である。「シリコン」という言葉については、この地域がもともと数多くの半導体メーカーや製造業者があったためである。

 

現在「シリコンバレー」という言葉は、この地域におけるハイテクビジネス全般を表す言葉になり、さらにアメリカのハイテクノロジー経済地区のことを表す言葉となり、世界的に通じる言葉となった。そのため今日では「シリコンバレー」という言葉に影響を受けたよく似た名前のハイテクビジネス地域(ビットバレーなど)が、世界中で見られる。

シリコンバレーの起源


「シリコンバレー」という言葉は地方実業家のラルフ・バーストとジャーナリストのドン・ホエフラーが起源とされている。

 

ホエフラーが週刊トレンド紙『エレクトロニック・ニュース』で、ベイエリアの半導体産業に関する連載記事を執筆するにあたり、タイトルに「シリコンバレー」という言葉を利用したのが初出である。1971年1月11日の紙上で『アメリカのシリコンバレー(Silicon Valley in the USA)』という連載記事を開始。なお「シリコンバレー」という言葉自体は、ホエフラーの友人であるラルフ・バーストが提案したという。

 

その後、シリコンバレーという言葉は、1980年代初頭からアメリカ一般に広く知られるようになり、IBM製品をはじめ消費者市場におけるハードウェア製品やソフトウェア製品関連の紹介時に利用されるようになった。

 

「シリコン」という部分は、ベイエリアに集中していた半導体メーカーやコンピューター産業を意味している。元々周辺は果樹園だったが、ゆっくりと半導体産業に置き換わっていったという。アップルという社名もジョブズが当時、周囲の果樹園でアルバイトしていること由来している。

歴史(1971年以前)


シリコンバレーは、周囲の大学を基盤としたSTEM研究(科学・技術・工学・数学の学問領域を一括して扱うもの)や、豊富なベンチャーキャピタル、それにアメリカ国防総省の手厚い支援などさまざまな要素が交差して生まれた地域である。中でもスタンフォード大学は、初期シリコンバレーの開発と発展を主導した重要な存在である。

スタンフォード大学と産学連携


スタンフォード大学とその関係者や卒業生は、今も昔もシリコンバレーの発展に大きな役割を果たしている

 

スタンフォード大学は1885年に設立。リーランド・スタンフォードという男が創った大学なのでスタンフォード大学であり、地名ではない。スタンフォードは当時、食料品を経営しており、ゴールドラッシュで東部から来ていた人に食料を売って大儲けし、大学を創ったという。

 

シリコンバレーの急速な発展は地域と大学の連帯性の強さが肝である。

 

1890年代からスタンフォード大学の指導者たちは、西海岸の発展に尽くす使命を抱き、その使命に沿って学校を形作ってきた。また設立当時の西海外は東部アメリカの植民地的な要素が多く、東部から搾取されていたようなかんじだったが、これに対抗して西海岸自身が自給自足の土着の地方産業を打ち立てようとした。

 

このような強い土着主義思想が、地域のハイテク企業とスタンフォード大学の技術をうまくつなげた。いわゆる産学連携である。

シリコンバレーの父「フレデリック・ターマン」
シリコンバレーの父「フレデリック・ターマン」

とはいっても1950年ぐらいまでのスタンフォード大学は正直田舎の一大学に過ぎなかった。

 

スタンフォード大学が急速に変化したのは1940年代から1950年代頃。スタンフォードにフレデリック・ターマンが来てからである。正直、シリコンバレーはフレデリック・ターマン1人の構想で創りあげられたものといっても過言ではない。

 

彼はスタンフォードの学生たち、特に博士課程の学生や博士号取得後の研究生に、起業を奨励しはじめた。当時そうした方針を掲げる大学はなかった。一般的に、起業と大学は分離されたもので、起業する場合は大学を去るしかなかった時代だった。ターマンはヒューレット・パッカードやバリアン・アソシエイツなどさまざまなハイテク企業の育成に貢献したことで知られる。

 

ここで同校の学生でターマンの教え子だったヒューレットとパッカードは出会い、1939年にヒューレット・パッカードという会社を設立。最初はガレージ創業だったが、のちにターマンがスタンフォード内に会社を移転させ、学内の研究道具を自由に使わせて研究と事業を後押しした。

 

さらに、ターマンは1946年にスタンフォード大学の4000ヘクタールの土地を、多くの先端企業を大学に誘致のために利用し、優秀な学生たちに最高の職場を与えた。広大な土地を利用してできたのが「スタンフォード・リサーチパーク」である。このときにターマンは教員採用方針に「数は少なくていいから、第一級の学者を高給で引き寄せる」、いわゆる少数精鋭主義である。

 

ベル研究所からウィリアム・ショックレイを引き抜いて、ショックレイ半導体研究所をつくらせ、そこからフェアチャイルドセミコンダクターが生まれる。更にそこからインテルをはじめとする多くの半導体企業が生まれたことにちなみ、スタンフォード大学を中心としたハイテク企業エリアはシリコンバレーと呼ばれるようになった。

企業


「フォーチュン1000」内の企業のうちシリコンバレーに本社を置いている企業の一例。

 

・アドビシステムズ

・アドバンスト・マイクロ・デバイセズ

・アジレント・テクノロジー

・アルファベット

アップル

・アプライド・マテリアルズ

・ブロケード コミュニケーションズ システム

・システシステム

・イーベイ

・エレクトロニック・アーツ

・フェイスブック

・グーグル

・ヒューレット・パッカード・エンタープライズ

・ヒューレット・パッカード

・インテル

・イントゥイット

・ジュニパーネットワークス

・KLAテンコール

・ラムリサーチ

・ロッキード・マーティン

・LSIコーポレーション

・マーベル・セミコンダクター

・マキシム・インテグレーテッド

・マイクロソフト

・ナショナル・セミコンダクター

・ネットアップ

・ネットフリックス

・エヌビディア

・オラクル・コーポレーション

・リバーベッド・テクノロジー

・セールスフォース・ドットコム

・サンディスク

・サンミナ・コーポレーション

・シマンテック

・テスラ・モーターズ

・ビザ

・ヴイエムウェア

・ウェスタン・デジタル

・ザイリンクス

・ヤフー

 

そのほかの注目の企業。