クロード・レヴィ=ストロース

クロード・レヴィ=ストロース

Claude Lévi-Strauss

近代人類学の父


「悲しき熱帯」
「悲しき熱帯」

概要


生年月日 1908年11月28日
死没月日  2009年10月30日
学派 構造主義
領域 人類学、民俗学、社会学、言語学、親族学
代表著作

・『親族の基本構造』(1949年)

・『悲しき熱帯』(1955年)

・『構造人類学』(1958年)

・『野生の思考』(1962年)

クロード・レヴィ=ストロース(1908年11月28日-2009年10月30日)はフランスの人類学者、民俗学者。構造主義や構造人類学の学説発展のキーとなる著作を発表。

 

1959年から1982年までコレージュ・ド・フランスで社会人類学の学長の座に付き、1973年にアカデミー・フランセーズのメンバーに選出された。世界中の大学や学会から多くの名誉を受賞し、ジェームズ・フレイザー、フランツ・ボアズとともに同列に扱われ、“近代人類学の父”と称される。

 

レヴィ=ストロースは、“未開人”の思考は“文明人”の思考と同じような構造を有しており、人類の特性はどこでも類似していると主張。こうした研究は彼の著名書『悲しき熱帯』で集約され、構造主義における中心人物の1人として数えられるようになった。

 

社会学と同じく、レヴィ=ストロースの学説は哲学を含む多くの人文科学に影響を与えた。構造主義とは「全人間活動形態において根底にある思考パターンを研究すること」を定義するものである。

略歴


クロード・レヴィ=ストロースは1908年、当時ブリュッセルに住んでいたユダヤ系フランス人の両親のもとに生まれ育った。父は肖像画家で両親はイトコ同士であった。これが理由でレヴィ=ストロースは後年、インセスト・タブーに関心を持つようになる。

 

レヴィ=ストロースの一家はパリ16区通りに住んでいた。第一次世界大戦が勃発すると、レヴィ=ストロースははヴェルサイユにあるシナゴーグのラビだった母方の祖父の元へ疎開して暮らした。

 

パリ大学に入ると、法律と哲学を学ぶ。法律にはあまり関心をもたなかったが、1931年に哲学の教員資格を取得。1935年から数年間、中学で教鞭とをとった後、フランス文化使節の選ばれブラジルへ派遣されることになる。サンパウロ大学で社会学の客員教授として赴任。一方、妻のディナは民族学の客員教授として赴任していた。

 

二人は1935年から1939年までブラジルで、ともに暮らしながら人類学の研究に取り組み、アマゾンの熱帯雨林やマトグロッソ州に入り込んでフィールドワーク調査を行った。はじめはグアイクル族やボロロ族といったブラジルの先住民の調査をしていた。1938年に再び調査のため、ブラジルに入るとナンビクワーナ族やチュピ族らとともに半年以上滞在して調査を行う。このとき、妻のディナは眼感染症で苦しんだ。しかしこのブラジル先住民の調査は、人類学者としてのクロード・レヴィ=ストロースの職業的アイデンティティを確立するものとなった。

 

戦争に参加するために1939年にフランスに戻ると、レヴィ=ストロースはマジノ線に派遣される。1940年にフランスがドイツに降伏するとモンペリエの中等学校の教師職に就いたものの、ユダヤ系出身だったためヴィシー政権によるユダヤ人に対する圧力で解雇されることになる。またこの頃に最初の妻と離婚する。ナチスによるユダヤ人迫害が強まるとヨーロッパの学者を救済するロッケフェラー財団の援助で逃れ、マルセイユから船でアメリカ合衆国へ亡命する。1941年に218人の亡命者とともにアメリカに上陸。同じ船上には、シュルレアリスト詩人のアンドレ・ブルトンもいた。1941年にニューヨークにあるニュースクール大学に勤務することになり、アメリカへの入国が許可される。戦争中、レヴィ=ストロースは大半をニューヨークで過ごした。ジャック・マリタン、アンリ・フォシヨン、ロマン・ヤコブーソンらとともにフランス学術使節団に任ぜられ、ニューヨークで民族学を教えてクラス。

 

ニューヨーク時代、ヤコブソンから言語学を教わり、この関係はのちの構造主義の学生を形成に大いに役立った。加えて、レヴィ=ストロースはまたフランツ・ボアスのアメリカ人類学の影響を受ける。

学説


親族の基本構造


未開文化にもヨーロッパの文明文化と同等の豊かな知識が存在し、未開文化が文明文化より劣っているということはない、というがレヴィ=ストロースの基本的な考えである。

 

クロード・レヴィ=ストロースは、未開文化にも文明文化にも共通した「普遍性」を追い求めた。普遍性とは、どんな文化にも共通すること。ここで注意したいことがある。よく構造主義は「普遍性」に対抗して「特殊性」や「ローカリズム」を強調しがちがだが、この考え方は間違いである。未開文化にもヨーロッパ文化にも人類共通のルール・思考・問題のかたちがあることを探求したのが構造主義(クロード=レヴィ・ストロース)の出発点である。

 

あらゆる特殊文化と普遍的な文化のあいだにおいても共通したルールがある。その共通したルールが「構造」なのである。

 

代表的な人類普遍のルールの1つが「インセスト・タブー(近親相姦の禁忌)」。インセスト(近親相姦=親兄弟とか親戚とか、特定の血縁関係の人達と性関係をもったり、結婚したりすること)を禁止するという意味だが、この問題は近代人だけでなく、未開人の中にでも共通してあるルールだ。この問題についてレヴィ=ストロースは著書『親族の基本構造』でこう考えた。

 

インセストタブのー理由は、簡単にいえば、女性はほかの集団と「交換」するためのコミュニケーション道具であり、そのコミュニケーション道具に自集団が手をかけてはいけないということである。

 

もし、女性を自集団で独占したら、そこは内部分裂が必ず起こる。内部分裂を起こさないようにどこの人間社会でも普遍的につくりあげたルールがインセスト・タブーなのだ。近親相姦が否定されて初めて、人間社会のネットワークは広がっていくという。

 

またここにおける「交換」は経済的な意味での交換ではない。たとえば相手の集団に女性が不足していて、自分の集団には食料が不足しているから女と食料を交換するというものではない。「交換というコミュニケーション」を行うための交換なのであり、目的は社会連帯の強化のための交換なのである。

 

このように、クロード・レヴィ=ストロースは、ヨーロッパ文明に対抗して特殊なローカリズムを奨励したわけではなく、ヨーロッパでもジャングルにおいても不変的なルールを探求していたのである。

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