アンゲラ・メルケル

アンゲラ・メルケル / Angela Merkel

ドイツ第四帝国の女帝


概要


本名 アンゲラ・ドロテア・メルケル
生年月日 1954年7月17日
国籍 ドイツ
政党 ドイツキリスト教民主同盟(CDU)
宗教 ルター派
学歴 ライプツィヒ大学
配偶者

ウルリッヒ・メルケル(1977年 - 1982年)

ヨアヒム・ザウアー(1998年 - )

アンゲラ・ドロテア・メルケル(1954年7月17日-)はドイツの女性政治家、元物理化学者。2005年以来10年以上にわたってドイツ首相の座についている。ドイツキリスト教民主同盟(CDU)の党首でもある。

 

メルケルは事実上の「EU大統領」とみなされている。2012年から2015には『フォーブス』誌の『最も世界で影響力のある人物』で2位に選出され、また2015年12月には『タイム』誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー』で一位に選出され“自由主義のリーダー”と評された。

 

メルケルが世界的リーダーとして頭角を現し始めたのは、2010年のギリシャ財政破綻問題からとされている。ギリシャへの容赦ない緊縮策でユーロ防衛を守りつつ、同時に周辺国の経済成長を根絶やしにする政策は、メルケルおよび現在のドイツ帝国を築き上げるきっかけとなった。メルケルのドイツを「ドイツ第四帝国」などと論じる向きもある。

 

しかし、2015年夏の未曾有の大量難民の受け入れは、度重なる混乱事件を招く結果となりドイツ社会を根底から揺さぶっている。メルケルは2005年の首相就任以降の10年間で最大の政治危機を迎えている。

 

メルケルの半生にはいまだきちんとした答えの出ない空白部分が多く、謎に満ちている。東ドイツ時代にどのような生活をしていたのか。政治の舞台に出るまでのプロセスがいまいちわからず、少女時代の生活も不明瞭である。

 

物理化学者として博士号を取得したあとメルケルは、1989年の東欧革命の波にのって政界入りする。1990年3月、東ドイツで初めて自由選挙が行われ、民主的に選出された東ドイツ政府の副報道官として参加。同年にドイツが再統一され東ドイツが消滅すると、メルケルは初のドイツ連邦議会選挙で旧東ドイツ最北部メクレンブルク=フォアポンメルン州の小選挙区に出馬して勝利。この選挙以来メルケルは政治家として活動している。

 

1991年にメルケルはヘルムート・コール政権に閣僚入りし、「女性・青少年」相に任命される。1994年には環境大臣に就く。1998年に総選挙でコールが敗れ、野党に転落したCDUの未曾有の危機のなかで、メルケルはCDUの幹事長に選出される。2000年にコールが名誉党首を辞任し、党首のヴォルフガング・ジョイブレが献金スキャンダルで辞任すると、メルケルがCDU党首となる。

 

2005年ドイツ連邦議会選挙でメルケルはCDUを中心とした姉妹党(CSU・SPD)の大連立政権を擁立し、ドイツで最初の女性首相に任命される。2009年ドイツ連邦議会選挙でCDUは最大政党となり、SPDとの大連立を解消し、新たにFDPと連立政権を樹立することで合意。第二期メルケル政権が発足。2013年ドイツ連邦議会選挙でCDUは41.5%の支持を得て勝利したが、過半数にはいたらかなった。

 

2007年に、メルケルは欧州理事会議長となりG8の議長を務める。リスボン条約やベルリン宣言においてメルケルは交渉において中心的な役割を果たした。


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