パリ襲撃事件2015

2015年11月パリ襲撃事件 / November 2015 Paris attacks

パリ同時多発テロ事件


概要


「パリ襲撃事件2015」は、2015年11月13日の夜、フランスの首都パリのとパリ北部郊外のサン・ドニで発生した、大量銃撃・自爆攻撃・人質などを含む一連の同時多発テロリスト事件である。

現地時間21時16分に、サン・ド二の「スタッド・ド・フランス」近くで3件の爆弾テロ、またパリ中心部のカフェやレストラン、コンサートホールで大量無差別射撃事件が発生。

 

最悪の事態となったのはパリ東部コンサートホールの「バタクラン劇場」で、100人以上の犠牲者を出した。劇場ではテロリストが人質を立てて立てこもり、警察との膠着状態の末、2015年11月14日の00時58分に事件は終了、犯人は射殺された。

 

本事件で少なくとも130人が死亡、バタクラン劇場だけで89人の死者を出した。ほかに368人以上の負傷者、そのうち80〜99人以上は重体だという。7人がテロリストは自爆テロや射殺などですでに死亡しており、現在、フランス当局は残っている共謀者を捜索している。本事件は第二次世界大戦後のフランスで最悪の出来事で、ヨーロッパ全体では2004年のマドリード列車爆破事件以来の最悪の事件となった。襲撃以前、フランスでは2015年1月に、市民や警察を含めた17人の犠牲者を出したパリの新聞社シャルリーエブド襲撃事件があり、厳戒態勢にあった中の出来事である。

 

11月14日にはISILが公式にテロリスト事件の実行犯であることを発表した。テロの動機は、イスラム国によれば、シリア内戦とイラク内戦に関与した報復であるという。オランド大統領はシリアで計画され、ベルギーで組織化され、フランス内の共謀者の助けを借りた襲撃であると発表。またこの事件はイスラム国による「戦争行為」であると話した。

 

同日23時58分に、フランスのオランド大統領は、「2005年パリ郊外暴動事件」以来の非常事態宣言を発表。フランス国境を一時的に管理下に置き、出入国制限を行うと語った。また1944年以来の市全体で夜間外出禁止令を発令した。11月15日にフランスはISILに対して空爆を実施。11月18日には、サン・ドニにあるアパートに潜伏していた共謀者のアブデルハミド・アバウドを急襲し、射殺した。

(翻訳元:Wikipedia

 

場所 フランス、サン=ドニ

1: スタッド・ド・フランス近く

2: Bichat通りとAlibert通りの交差点

3:フォンテーヌ・オ・ロワ通り

4: バタクラン劇場

5: シャロネ通り (La Belle Équipe)


背景


フランスでは、2015年1月に、アラビア半島のアルカイーダ過激派による、市民や警察を含めた17人の犠牲者を出したパリの新聞社シャルリー・エブド襲撃事件があり、以前から厳戒態勢にあった。また、2015年11月30日から12月11日にかけてパリで開催予定の「2015年国連気候変動会議」を見越して、通常より警備を厳重にしており、襲撃前には国境の出入国のチェックを行なっていた。最大の犠牲者を出したバタクラン劇場はシャルリーエブド襲撃事件と同じ11区ですぐ側だった。

 

フランスでは2015年を通じて、シャルリーエブド襲撃事件以外にもほかに小さな襲撃がいくつかあった。今年2月にはフランス南部ニースでユダヤ人コミュニティセンター付近を警備していた兵士3人が刃物を持った男に襲われる事件が発生、6月にはフランス南東部リヨン近郊のサン=カンタン=ファラヴィエのガス工場で発生して従業員が死去、そして8月には乗客554名を乗せたアムステルダム発パリ行きの高速鉄道タリス車内でイスラム過激派の男が銃を乱射した事件があった。

 

2人のユダヤ人兄弟パスカルとジョエルは40年以上バタクラン劇場のオーナーだったが、2015年9月に劇場を売り払っている。2人によればバラクラン劇場はイスラエル国民のサポートを受けていたことを理由に、以前から何度か強迫があったという。実際に2011年には「イスラム軍」というグループが実際に劇場に脅しにもきた。

 

イスラム国とその関係者は、パリを襲撃に至る数週間内にほかにも襲撃事件を起こしている。前日の2015年11月12日に、2人の自爆テロがベイルートで発生し、43人が死亡。2015年10月31日にはロシア旅客機「コガリムアビア航空9268便」が空中で爆破され、224人が死亡。イスラム国のシナイ半島支部は犯行声明を出した。

 

また2015年11月13日、襲撃当日、イスラム国の幹部ジハーディ・ジョンはアメリカの爆撃により死亡しており、またイスラム国はイラクのクルド自治政府の治安部隊により、イラク北部の要衝シンジャールを奪われていた。