冷戦16「ロシア連邦の誕生」

現在のプーチン体制まで続く



 1991年12月8日、エリツィンは、ウクライナ、ベラルーシと秘密会議を行い、「ソ連の解体と独立国家共同体(CIS)の創設」を発表します。これまでソ連を構成していた共和国のうち、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの三カ国だけで勝手に「ソ連解体」を宣言し、ソ連に代わるものとして、「独立国家共同体」という組織を作ると発表したのです。


 これにはこまれで一緒にソ連を構成していたほかの共和国が怒りました。結局その後、独立国家共同体には、ソ連を構成していた15の共和国のうち、バルト三国を除く12カ国が参加しました。突如として、ソ連という国家が消滅してしまったのです。


 この年の12月25日、ゴルバチョフはソ連大統領を辞任し、26日をもって、ソビエト社会主義共和国連邦は、正式に消滅しました。モスクワの大統領の建物となっているクレムリンからはソ連の国旗が降ろされ、代わりにロシアの三色旗が掲げられました。名前はロシア共和国からロシア連邦に変更されました。

 

 ソ連という巨大な国家が突如消滅したことで、後には15の新しい国家が誕生しました。独立国家共同体は、それまでのソ連とは異なり、ひとつの国家組織ではありません。それぞれの独立した国家が、条約を結ぶことで、これからも協力していこうというものでした。

 

 エリツィンのロシアは、その後も混乱に混乱を続けます。大混乱が続くロシアの立て直しができないまま、病気がちのエリツィン大統領は、若きプーチンに後を託しました。2000年、ウラジミール・プーチンが47歳の若さでロシアの第二大統領に就任しました。そのプーチンが、果たしてどんな政治をするのか。世界が注目をしています。

 

 ロシアは建前としては民主主義国となったのですが、プーチンとその取り巻きが絶対的な権力を持つ実体が「民主的独裁者」と評されることがあります。マフィアが関係する企業も存続し、欧米的な観点からすると、とても資本主義とは呼べない経済体制も続いています。それでも、一時は混乱の極致にあった経済は立ち直り、ロシア経済は現在BRICSの一つとして発展しています。