冷戦14「ゴルバチョフと冷戦終結」

ゴルバチョフのソ連改革



 停滞している経済状態に対して、ソ連社会に不安が広がってきました。「このままではソ連は衰退に向かうのではないか」と危惧する幹部が増えてきました。そこで、共産党の中で急激に頭角を現してきた若きゴルバチョフが共産党書記に選出されました。国民もこれを歓迎しました。1985年3月のことでした。


 理想に燃えたゴルバチョフは、直ちにソ連の社会的経済的停滞を打破しようと考えました。ゴルバチョフ自身は、ソ連の「理想」を信じていて、民主主義的な改革を進めれば、ソ連はよりより社会になると考えたのです。そのためにゴルバチョフが打ち出した方針が、ペレストロイカグラスノスチ、そして「新思考外交」でした。

 

■自由競争

 ペレストロイカとは、ロシア語で「立て直し」という意味です。停滞するソ連の経済を改革するためには、「働こうが働くまいが給料は同じ」というソ連式社会主義の欠陥を取り除くことが必要だとゴルバチョフは考えました。そこで、国営企業ばかりの経済の中に、小規模の民間企業を認めることにしたのです。また、労働者の生産意欲をかきたてるために、働きや売上げに応じてボーナスを支払うことができる制度も導入しました。


■情報公開

 このペレストロイカを進めるためには、グラスノスチが必要だともゴルバチョフは考えました。グラスノスチは、ロシア語で「情報公開」という意味です。ソ連には報道の自由がないため、いかにソ連が行き詰まっているかを国民が認識していません。情報公開を進めることで、国民に問題点を知らせ、よりよい改革を進めようと考えたのです。

 

■軍拡競争の停止

 ペレストロイカとグラスノスチが内政の改革だとすれば、「新思考外交」は、体外政策の改革でした。対米協調路線をとり、核軍縮を進め、海外への軍事援助・介入を縮小し、停止し、軍備拡大競争の中止を打ち出したのです。こうすることにより、経済的負担を軽くし、西側諸国からの経済援助を獲得しようとしました。アメリカと妥協してでも核ミサイルを増やす核軍拡競争を終わらせようと考えました。これがゴルバチョフの「新思考外交」の背景でした。

 

 これまでアメリカとソ連は、世界中でそれぞれの陣営のグループを作り、援助を通じて仲間を広げてきたのですが、ソ連は、この競争から一方的に降ります。キューバへの援助を削減し、アフガニスタンから軍隊を撤退させ、ベトナムに、カンボジアから撤退するよう働きかけました。

 

 89年12月には、アメリカのブッシュ大統領と地中海のマルタ島で会談し、核兵器の削減で合意して、「冷戦集結」を宣言しました。ここに冷戦は終わったのです。