冷戦13 「ベトナム戦争5 アメリカの敗北」

アメリカ帝国の転換点



 ニクソン大統領は、1969年7月アメリカ軍のベトナムからの撤退を決めました。これは、南ベトナム政府軍が戦闘の主役を引き受け、アメリカ軍は、輸送や補給などを担当しながら、次第に軍隊を撤退するというものでした。


 1972年、アメリカ軍最後の地上戦闘部隊が、南ベトナムから撤退しました。アメリカ軍が撤退後、しばらくの間は、南ベトナム政府軍単独で善戦しますが、1975年、北ベトナム政府軍の全面攻勢が始まると、南ベトナム軍はあっけなく総崩れになりました。4月30日、解放戦線の掲げた戦車が、サイゴン中心部の大統領官邸を占領。南ベトナムという国は消滅しました。

 

 ベトナム戦争は、アメリカ国民にとっては、初めて経験した〝敗戦”でした。一時は50万人もの兵士と、近代的な装備、大量の空軍力を総動員したにもかかわらず、アジアの小国に勝てなかったのです。


 東西冷戦の枠組みの中でしか世界を見ることができなくなっていたアメリカは、「外国の軍隊を追い出し、自分たちだけの国家を建設しよう」という民族独立の願いが理解できなかったのです。「我々はヨーロッパについては熟知していましたし、関心もまた常にヨーロッパにありました。しかしアジアについては何も知りませんでした。」とアメリカ国務省のベトナム専門官だったチェスター・クーパーは語っています。


 ベトナム戦争は、アメリカ社会を大きく変えました。戦場の恐怖から麻薬に手を出した若者も多く、その習慣がアメリカ本国に持ち込まれ、アメリカ国内の麻薬汚染が深刻になりました。アメリカの麻薬汚染の拡大は、ベトナム戦争がきっかけだったのです。



 南北統一後、南の首都だったサイゴンは、ホー・チ・ミン市と改称。南北ベトナムは1976年6月に統一されて、「ベトナム社会主義共和国」となりました。その後の急激なへ社会主義化政策は、「ボート・ピープル」と呼ばれる大量な難民を出しました。毎年毎年、数万人ものベトナム人が、粗末な漁船にのって祖国を逃げ出したのです。


 現在は、かつて解放戦線のゲリラが突入した場所には、アメリカへ行くためにビザを求める市民の長い行列ができています。「自由で豊かなアメリカ」に憧れるベトナム人が大勢つめかけているのです。軍事的な戦争ではアメリカに勝ったベトナムですが、経済においては、アメリカを見習いながら、豊かさを追い求めるようになりました。