冷戦8「インドシナ戦争」

ベトナム分裂



 日本軍が進駐していた1941年5月、ベトナム国内に、ホー・チ・ミンの指導の下、ベトナムの独立を求めるベトナム独立同盟会(ベトミン)が結成されました。太平洋戦争が終わって日本軍が引き上げると、ベトミンは1945年9月2日、「ベトナム民主共和国」の独立を宣言しました。


 しかし、日本軍が引き揚げた後のベトナムを、日本軍が進駐する前に支配していたフランスが、再び支配しようとしました。1946年12月、独立を求めるベトミンとフランス軍の衝突が始まります。これが「インドシナ戦争」です。

 

 ベトミンは、インドシナ共産党が指導し、ソ連と中国が支援しました。一方、ベトナムの独立を認めないフランスをアメリカが応援しました。この時期は、ヨーロッパでちょうど東西の冷戦が始まったころです。ベトナムでは、冷戦の代理戦争が行われたのです。これは、その後に始まるベトナム戦争の構図と全くおなじでした。

 

 ベトナムは、フランス軍が支配する南部と、ベトミンが支配する北部という色分けができつつありました。54年5月、フランス軍は中国が支援するベトミンに敗北しました。こうしてフランスのベトナム支配は終わりました。1954年7月、スイスのジュネーブで開かれた和平会議の結果、休戦になりました。

 

 これが「ジュネーブ協定」です。この協定で、ベトナムというひとつの国家を、北緯17度線を境に南北にわけました。南北の境には、幅10キロの「非武装地帯」を作りました。


 北には、すでに独立を宣言していた「ベトナム民主共和国」が確立し、ホー・チ・ミン首相のもと、社会主義の道を進みます。一方、南側には、1955年10月、「ベトナム共和国」が成立し、総選挙の結果、アメリカが支援するゴ・ジン・ジェム大統領の政権が成立しました。南北ベトナムの分断が固定されました。