冷戦6「毛沢東の政治」

無知な若者の力を利用した毛沢東の政治力



 1949年10月1日、毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言し、中国大陸に統一国家が誕生しました。中華人民共和国建国直後の毛沢東にとっては、ソ連こそが「手本」だったので、設立当初はソ連の真似をしていました。しかし、どうもうまくいかない。ソ連モデルに疑問を抱き始めました。そこで導入したのが、毛沢東独自の政策、1958年から始まる「大躍進政策」だった。


「大躍進政策」とは、農業と工業の二本足で中国経済は立たなければならないという認識でした。中国全土いたるところの農家の裏に小さな「溶鉱炉」を作り、中国人が一挙に小さな鉄鋼生産者と化すというものでした。しかし、これは大量生産の原理や「規模の経済」の原則を無視した非合理的な経済政策でした。需要のない劣悪な品質の工業製品を山のごとく生み出していきました。


 中国経済は、この毛沢東の「大躍進政策」によって大躍進どころか大停滞に入ってしまった。さらに1960年代には、中国とソ連が決裂した。これによってソ連の技術的・経済的関係が完全に断ち切られた。この経済・技術的影響は大きかった。


 1959年、毛沢東は「大躍進政策」の失敗から国家主席の座を追われました。代わって劉少奇が国家主席に就任し、経済の建て直しを行いました。劉少奇や鄧小平のおかげで、中国の経済は回復し始めました。成功と裏腹に、共産党の内部では毛沢東は追い詰められていきました。


 毛沢東は、大躍進政策の失敗の後、共産党のなかで自分の権力が徐々に失われることに危機感を抱いていました。そこで、若者の力を利用した権力闘争を行いました。それが「文化大革命」です。窮地を脱しようと、若者たちの革命精神と、自らへの個人崇拝を利用し、党外の勢力を使って、自分が考える「毛沢東包囲網」を一気に打ち破ろうとしました。


 1966年6月、既成の体制、権力的な組織、特権階級。そうしたものに対する若者の潔癖感による嫌悪感、革命にあこがれる純真さが、文化大革命の主役である紅衛兵の運動を発生させました。この事件を知った毛沢東は、若者運動に目をつけて、中学生を支持する手紙を出します。するとこの運動は一挙に広がり、各地の学校で紅衛兵運動が始まったのです。クライマックスには、全国から100万人集まり、天安門広場で毛沢東と会ったのです。ソ連におけるスターリンに対する個人崇拝と同じような個人崇拝が、スターリン以上の規模で大々的に行われたのです。


「古い思想、古い文化、古い風俗、古い習慣」を打ち破れと激励された紅衛兵は暴走しました。さらに警察官は「紅衛兵の側に立て」と指示され、紅衛兵が暴力を振るっているのをみても、見ぬふりをするように求められました。敵にされた人々は次々に殺され、毛沢東が紅衛兵を激励した1966年8月だけで、5000人もの人が紅衛兵に殺されました。


 寺院、教会すべて破壊され、貴重な文化財も次々に破壊、放火されました。毛沢東の書いた本以外のあらゆる書籍が燃やされるということも各地で起きました。まさに集団ヒステリー、集団虐殺でした。文化大革命は、膨大な犠牲者を出しました。10年間で300万人が東国され、50万人が処刑されたというデータがあります。

 

 文化大革命は、西洋の影響と中国の伝統からの決別を促進する文化運動ですが、同時に「真の共産主義者」をつくりあげるために、中国社会から「ブルジョア」的要素を完全に取り除くことをも目的とした大運動でした。

 

 文化大革命の10余年が、中国経済に及ぼした影響は大きかった。社会の多くのエリート層の命が奪われ人的資源の損害があったこと、計画経済に余計なイデオロギーが混入されゆがめられたこと、外国貿易が途絶えたこと、教育が中断したことです。


 文化大革命の大混乱は、周恩来が、追放されていた多くの共産党穏健派を政治の舞台に復帰させることによって、「近代化」へ大きく軌道を修正すことになりました。文化大革命が終焉した1976年は中国にとって大転換の年だった。翌年、労働者の賃金が上昇しはじめました。

当時の紅衛兵について


「彼らの多くは、傲慢で、偏執なところがあり、相手をとことん追いつめる率直さは、ときには子どものようだった。社会のことはろくに知らずに、現実をあまりに理想化し、朝から晩まで革命の夢に浸っていた。しかし革命が何であるかは知らなかった。そして、真理を追い求める熱狂を持ちながら、実際は無知をあおりたてていた」


と回顧されています。毛沢東は、「大きな物語」を作り出す天才でした。中国のような巨大で複雑なシステムでは、「大躍進」「文化大革命」「造反有利」とか単純なスローガンを掲げないと、国民的な大動員を行うことができない。こうした国家の性質を熟知していた毛沢東は、大衆に対して、断固たる革命的決意ひとつでどうにでもなると信じさせる能力を次々と実行しました。