世界史39 アメリカ帝国4「軍需景気」

アメリカの世紀



フランスをはじめヨーロッパの大半がヒトラーの手に落ち、日本が中国大陸に勢力を広げるといった状況のなかで、アメリカ国内でも参戦を主張する声が出てきた。しかし、世論の大勢は、依然として不介入の立場だった。


戦火が広がるなかで、ローズベルトは徐々に中立政策から離れていった。39年にはイギリスが自国の武器を購入することを認め、40年にはイギリスにアメリカの駆逐艦を供与。さらに史上初の徴兵法を成立。軍備増強も進めた。政府主導のもとに研究機関、企業が協力する「知的探求体制」によって軍事生産を進めた。

 

 1941年2月17日、「ライフ」誌に「アメリカの世紀」と題する論説が載った。「20世紀はアメリカの世紀にならなければならない」とし、「自由」と「正義」の理想の原動力であるアメリカは、戦火が広がる世界において、「最初の偉大なアメリカの世紀」をつくり出すために」積極的に行動しようと読者に訴えるものだった。


筆者は、ヘンリー・ルース。ルースの論説が出た9ヶ月余り後に、日本の真珠湾攻撃によりローズベルトは参戦の大義名分を得ることになる。日本の宣戦布告書がアメリカ政府に手渡されたのは攻撃の一時間以上後だった。アメリカは翌日日本に宣戦布告し、11日、ドイツ、イタリアがアメリカに宣戦布告した。

 

真珠湾攻撃は奇襲だったことから、アメリカ国民は、日本人を人間としての道義も知らない猿や爬虫類や昆虫と同等の存在にみなし、ドイツ人やイタリア人以上に嫌った。アメリカ人の気持ちを、ルールを守らない、卑怯な日本を倒さなくてはならないという方向に向けることになり、アメリカに有利に働いてしまった。

第二次大戦はニューディールが果たせなかった経済の復興をなしとげた。巨額の政府資金が軍需産業に注ぎ込まれ、経済に刺激を与えた。失業者も43年初めには消滅していた。


人々の収入も増えたが、特に低所得者層の収入は高額所得者よりも大きな割合で増えた。最近のアメリカの好景気が多くの億万長者を作り出す一方、貧富の差はかえって広げたこと、また、20年代の繁栄も富の不均衡をつくりだしていたことを考えると、軍需産業による経済の刺激は大きな富の再分配が行われたことは注目される。


恐慌で苦しんできた多くの労働者にとって、まさに戦争は恵みだった。第二次大戦の軍需景気で消費文化が再び帰ってきた。「私たちは靴や洋服を買い、家賃を払って、食卓に食べ物を並べるお金がもてるようになりました。仕事があるのは幸せなことでした」と、ある女性は軍需工場で働いていたことについて述べている。


経済学者のジョン・K・ガルブレイスは、「戦時中、消費物資の消費量は倍増した。人間の紛争の歴史において、これほど犠牲について語られながら、実際には犠牲が払われなかったことはない」と当時を振り返っている。


そして消費文化を共有すること、つまりみんなと同じものを買うことで、アメリカ人は階級や民族・人種の差はあっても同じアメリカ人であるという意識をもつことができた。消費文化は多様なアメリカ人を統一する働きをした。また国民の統一こそ、戦争を遂行していくうえで政府が最も望んでいたことだった。

 

■参考文献

アメリカの20世紀〈上〉1890年~1945年 有賀 夏紀