世界史37 アメリカ帝国2「世界大恐慌」



1929年10月24日に起こった「暗黒の木曜日」と呼ばれる株価大暴落をきっかけに、アメリカ経済が一挙に奈落の底に落ちていった。世界大恐慌である。1930年代の恐慌は史上例のない大規模なものであり、1933年には失業者は1500万にまでのぼった。これは4人に1人が失業したことを意味する。


■世界恐慌による生活変動

・農民や労働者が移動する

・中産階級以上は変化せず

・投資で儲ける人が出る


農民は20年代から経済繁栄に取り残されていたが、恐慌で農産物価格はさらに下降し、1929年から32年の間に、全米の農業収入は60パーセント以上落ち、アメリカの農民の三分の一が借金を返済しきれず農地を奪われた。農民たちは故郷を逃げ出し、ノマドとなり西海岸、特にカリフォルニアへと向かった


経済的困窮は家族の生活を変えた。生活水準を下げなければならなかった。特に主婦の役割が消費者から19世紀以前のような家庭内での生産者に近づいた。服は自分で縫い、保存食は店で買わずに自宅でつくり、外食も控えた。費用のかかる離婚は減ったが、実質的な離別は増え、出生率は低下した。


しかしながら、すべてのアメリカ人が平等に恐慌の影響を受けたわけではなかった。農民や黒人、マイノリティ、労働者は悲惨な境遇におかれたが、中産階級やその上の階級では恐慌以前とほとんど変わらない生活を維持する者も少なくなかった。30年代の貧困のなかにも豊かさは健在だったのである。失業率25%は悲惨な数字であるが、医者や弁護士、公務員や大学の教師などは収入は確かに減ったものの仕事は安定していた。しかも、恐慌は最上部の富裕層の生活を脅かすことはなかった。


恐慌をチャンスにしたものもいる。価格の下がった土地や株に投資して儲けたものもいた。30年代のアメリカでは、金持ちがヨーロッパのお金に困った上流階級から骨董品や絵画、宝石を買い集め、それらの品々があふれたといわれている。大衆車のシボレーの売り上げは大幅に落ちたが、高級車キャデラックは相変わらず売れ続けた。



不況は第二次大戦が始まるまでの約10年にわたる長いものだったが、不況の原因はさまざまな要因の重なりあいだとされている。


■世界恐慌の原因

・新しい産業が育たない

・購買力の偏り

・金融問題

・国際経済問題


第一に、生産面を見ると、20年代の繁栄が建設や自動車などわずかな産業に依存していたことに問題があった。新しい産業が育っていなかった。第二に購買力に偏りがあった。1929年においてアメリカの半数以上の家族が生存ギリギリかそれ以下の状態で、消費文化を享受する余裕がなかった。その結果、市場には購買力をはるかに超えた量の製品があふれることになった。生産過剰である。


第三に金融の問題があった。1929年以前に、すでに5000の銀行が倒産していたのである。第四に、国際経済との関係があった。第一次大戦後、ヨーロッパはアメリカの銀行に巨額の債務を負ったが、これは弱体化した彼らの経済力で返済できるものではなかった。