世界史35 大英帝国6「衰退する大英帝国」

イギリスからアメリカへの移行



1880年頃からイギリスは、ドイツ、フランス、アメリカといった新興国の追い上げられはじめた。またロンドンは株式投資バブルに突入、外見上はいまだ栄華を誇っていた大英帝国だが、自国の植民地の防衛費のために積み上がった借金に疲弊を起こしていた。とくに、インド統治に関してはまったくの浪費になっていた。今の中東紛争に巻き込まれて疲弊しているアメリカのようなかんじである。


そして20世紀に入る少し前、1882年にバブルが倒産。ロンドンのシティで銀行が続発した。これをきっかけに、大英帝国の栄華は決定的に傾き始め、20世紀に入る前、世界の金融の中心はアメリカのニューヨークへ移動し始めた


また、テクノロジーにおいてもイギリスはアメリカに遅れを取り始めた。イギリスでは蒸気機関が圧倒的に普及していたため、新たなるエネルギーである石油、新たなる動力である内燃機関、そして新たなる工業製品である自動車の生産に遅れをとりはじめた。また、イギリスは1865年に施行した鉄道法で交通制限をしたことにより、鉄道開発にもアメリカに遅れをとりはじめた。1890年代には、アメリカはイギリスを工業生産で追い抜いて世界一位となった。


イギリスをはじめヨーロッパの財閥として君臨していたロスチャイルド家に強力なライバルが現れ始めた。ロックフェラー家である。アメリカとロックフェラーは、石油という新しいエネルギーの開発とともに興り、石油の時代という大きなエネルギー革命の申し子として、20世紀の世界全体を支配した。ほかにモルガン家、カーネギー家などの財閥も表れ、経済の独占的支配を強めていった。


外交においてもイギリスは苦しくなった。それまでイギリスは「栄光の孤立」として、ほとんど他国に干渉することはなかったが、プロシアの威圧的な外交姿勢からヨーロッパ諸国の勢力均衡をとるため、フランスとロシアと三国協商を結ぶことになる。このため軍事費の負担が増加。しかし、もしイギリスが関与しなければ、ドイツがヨーロッパの国際政治を支配し、ヨーロッパで突出した軍事大国となることは避けられなかったため、仕方のないことだった。


まもなくイギリスとドイツで軍拡競争が始まる。プロシアはフランス領モロッコ問題に介入したことにより、これを受けてイギリスは、フランスを守るためならドイツと戦うことを辞さないという立場を表明。今の中国を牽制するアメリカのようなものである。


こうした軍事的緊張が高まっていくなか、ついにバルカン半島で火の手が上がる。第一次世界大戦の勃発。イギリスはドイツが中立国のベルギーに侵攻したのを見て、ドイツに宣戦布告。イギリスは戦勝国となったものの、被害は甚大。イギリスは瀕死の状態となり、大英帝国の時代は終わることになった。