世界史25 アメリカ独立戦争

イギリスからの分離独立


左上から時計周りに: バンカーヒルの戦い、ケベックの戦いにおけるリチャード・モントゴメリー将軍の死、カウペンスの戦い、サン・ビセンテ岬の月光の海戦。
左上から時計周りに: バンカーヒルの戦い、ケベックの戦いにおけるリチャード・モントゴメリー将軍の死、カウペンスの戦い、サン・ビセンテ岬の月光の海戦。

18世紀なかばから、北アメリカの3分の2はイギリスの支配下にあった。メリーランドにはイギリス人のカトリック教徒がおり、ニュー・イングランドにはイギリス人の過激プロテスタントがいた。


かれらはイギリス本国からなんらの保護もうけず、開拓にあたったため、自由独立の気風が旺盛だった。

 

一方、イギリス本国は植民地の利益に考慮を払わず、アメリカ大陸からの税金の増収をはかって「印紙条例」を発布したり、増加する黒人によって人口的に圧倒されることを心配していたにもかかわらず、安易に大利潤をあげることができる奴隷取引を奨励した。こうしてイギリス本国とアメリカ植民地との間の紛争が激しくなってきた。

 

ついに怒った13州は「代表なければ課税なし」とさけび、独立戦争をおこした。(1775年)。翌年1776年、トマス・ジェファーソンが起草して採択した独立宣言を発表。ここにはイギリスの思想家ジョン・ロックの影響が見られる。そしてパリ条約(1783)で13州の独立を認めさせ、初代大統領にワシントンを選出した。


1787年、合衆国憲法が制定。特徴としては、人民主権、三権分立、連邦制である。民主主義・自由主義を国是とする国家が、忽然として大洋のかなたに出現したことは、ヨーロッパ人にとって驚きだった。自由や平等が夢でないことを立証したからである。


ただ、独立宣言には、「すべての人は平等」と書いているが、ここでいう「すべての人」の中には黒人奴隷やインディアンは入っていない。黒人奴隷やインディアンに自分たちと同じ権利を与える気は全然なかった。奴隷を所有して農園を経営している人が多かったので、奴隷まで解放したら内紛が生じて、独立戦争を戦えなくなるためだった。