内村鑑三「代表的日本人4 二宮尊徳」

誠実な人は前もって事を知ることができる予言者である


日本は15万平方マイルのうち、わずか2割し か耕作できるところのない限られた国土で、4800万人もの巨大な人口を養っていくことはできません。土地は最大限の生産が可能なように利用されなければならず、そのためには、人間の才能と勤勉とを、精一杯用いる必要があります。


19世紀のはじめ、日本農業は、実に悲惨な状態にありました。多くの地方で土地からあがる収入には3分の2に減りました。「自然」は、ありとあらゆる災害を引き起こして、地におよぼしました。そのとき「自然」の法と精神を同じくする、一人の人物が生まれたのです。

 

二宮尊徳は、小田原藩主に荒廃地と賭博の巣窟と化していた村を再興する仕事を課しました。そこは数代にわたって放置されていたため、恐ろしいほど荒廃地に化していました。村人自身が常習的な泥棒でありなまけものであっては、いくら費用や力を用いてもむだでありました。尊徳は数ヶ月、村の情報を収集、分析した結果

 

「仁術さえ施せば、この貧しい人々に平和で豊かな暮らしを取り戻すことができます。」

 

決して、補助金を出したり、税を免除する方法では、この困窮を救えないでしょう。救済する秘訣は、彼らに与える金銭的援助をことごとく断ち切ることです。かような援助は、貪欲と怠け癖を引き起こし、しばしば人びとの間に争いを起こすもとです。荒地は荒地自身のもつ資力によって開発されなければならず、貧困は自力で立ち直らせなくてはなりません


自分自身の努力により、土地そのものの持つ資源を利用して、今日見られるような田畑、庭、道路、町村が成ったのです。仁愛、勤勉、自助、これらの徳を徹底することこそ、村に希望がみられるのです。なんと大胆にして、なんと経済的な計画でありましょう!このような計画に反対を唱える人がいるでしょうか。道徳力を経済改革の要素として重視する、これは「信仰」の経済的な応用でした。二宮尊徳にはピューリタンの血が少しあったあったのです。


尊徳の計画は受け入れられ、10年間荒廃した村の実質的な支配者になりました。しかし、ぜいたくな食事はさけ、木綿以外は身につけず、人の家では食事をとりませんでした。1日の睡眠はわずか二時間のみ、畑には部下のだれよりも早く出て、最後まで残り、村人に望んだ過酷な運命を、みずからも共に耐えしのだのでした数年におよぶ不断の努力と倹約、とくに「仁術」によって、荒廃地はほぼ解消され、なんとか生産力が回復しはじめました。

 

尊徳からみて、最良の働き者は、もっとも多くの仕事をするものではなく、もっとも高いモチベーションで働く者でした。


また尊徳は「9年分の備蓄のない国は危ない。3年分の備蓄のない国はもはや国とはいえない」との中国の聖賢の言葉に文字通り従ったいました。しかし、この備蓄が整う前に飢饉がおそったのです。1833年という年は、東北地方全域にとり大災難の年でした。尊徳は夏、ナスを口にして、その年の不作を予言しました。尊徳はただちに、その年の米の不足を補うために、一軒に一反の割合でヒエを捲くように村人に命じました。


次の年、近国はことごとく飢饉に見舞われたにもかかわらず、尊徳配下の三村では、一軒なりとも食料の不足で苦しむことがありませんでした。「誠実の人は、前もってことを知ることができる」とあるように、わが指導者は予言者でもあったのです。これらのことを述べたり、またこれに類する多くの教訓によって、尊徳は、多数の苦しむ人々を助けました。(参考文献:代表的日本人 二宮尊徳)

 

 <代表的な教訓> 

・「貧者は、昨日のために今日働き、昨年のために今年働く。そのために、いつも苦しんでいて、働きの効果が出ない。 富者は明日のために今日働き、来年の為に今年働くことから、余裕をもって望むことができ、することがほとんど上手くいく。」 

 

・「村を仁にすることは難しくはない。まずは自分の家を仁にすることである。それから善人や正直者を厚く賞すれば必ず村全体が仁となる。」 

 

・「大事をしたいときには、小事を怠りなく勤めよ。小が積もって、大となるからである。大を望んで、小を忘れていては、大を得ることはできない。」 

 

・「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」 

 

・「キュウリを植えればキュウリとは別のものが収穫できると思うな。人は自分の植えたものを収穫するのである」 

 

・「誠実にして、はじめて禍を福に変えることができる。術策は役に立たない」 

 

・「一人の心は、大宇宙にあっては、おそらく小さな存在にすぎないだろう。しかし、その人が誠実でさえすれば、天地も動かしうる」 

 

・「なすべきことは、結果を問わずなされなくてはならない」

 

・「すべての商売は、売りて喜び、買いて喜ぶようにすべし。」