世界史9 キリスト教的封建社会

ゲルマン人を慰めるキリスト教


ゲルマン人国家を後ろ盾にすることができたキリスト教の時代から中世は始まる。中世ローマ=カトリック教会は、ささやかな信仰集団ではない。堂々たる社会的勢力である。ヨーロッパに侵入し、青春の気にあふれたゲルマン人を、ローマ=カトリック教会は次々と改宗させていった。


野蛮なゲルマン人たちが、もともと温和なキリスト教に改宗していったことには理由があった。民族大移動の不安定な時代において、人々を慰めたものは、当時、教会以外になかったからである。獰猛なゲルマン人の血管中には、まだ荒々しい血がたぎっており、フランク王国の初期には、骨肉相食む壮絶な争いがくりかえし見られる。つまり弱肉強食の世界が徹底していたようなだった。日本の戦国時代にあたる。


そんな不安と同時に横暴になりがちなゲルマン人たちをなだめておだやかに、ローマ教皇の下に飼いならすのがキリスト教の役目だった。たとえそれが後世「奴隷道徳」とののしられようとも、キリスト教がなくては、不安定な社会を安定にさせることは、当時できなかったという事実がある。


こうした事情があって、ローマ教会があらゆる点で中世ヨーロッパの指導的立場となった。したがって中世ヨーロッパの文化は、どんな領域であれ、キリスト教もしくは教会に関係しないものはない。


問題は肝心の教会側に教義的堕落が生じ始め、事実、教皇は世俗のことがらに口をいれはじめたり、僧侶のなかには聖職を忘れて堕落する者も少なくなかった。さらにローマ教会は、事実上、信仰とはあまり関係ないヒエラルヒーによる身分社会、つまり封建社会を形成した。


封建社会は、その前の動的なギリシア・ローマ時代とまったく異なり、静的な社会に変化した。このような静的な社会は、神の秩序のようなもので身分制に近いものだった。こういう社会では、現代やローマ・ギリシア時代のような個人主義の時代よりも、集団的な価値観が優先するようになる。人口は希薄、地方は孤立し、交通は途絶し、封鎖的な自給自足経済が行なわれるようになる。日本でいえば、徳川300年の静的な封建社会にヨーロッパは入ったのである。


そのかわり良い面もある。孤立した社会の内部では、おたがい同士の連帯感や協同性は現代よりも段違いに強かった。