世界史7 キリスト教とローマ思想の融合

「グローバル」という共通精神



4世紀になると、ローマ帝国ではコンスタンティヌス帝(在位306~337年)が、当時、迫害していたキリスト教を一転して公認し、かつ利用して国民的結束力を高めようと考えはじめる。ついでテオドシウス帝(在位379~395年)のキリスト教を国教とした。

 

ここで注意したい。キリスト教はローマ帝国の国教となったが、イエスの教えは、ギリシア人やローマ人の人生観・世界観と、正反対であることである。

 

そもそもキリスト教とは、貧困と非暴力だけが救いの道であると説き始めた。また、愛は永遠の条件であり、富の創造はもはや天の恵みではなく、進歩も重要性をもたないと説いた。一方で、ローマ帝国の思想であったユダヤ・ギリシアの思想とは、これまでも何度か書いたとおり「物質的に裕福になること」「地上の未来が過去よりも素晴らしいものになる」というものである。まったく矛盾している。


ではキリスト教はどのようにして、ローマ帝国において勝利をはくしたのだろうか。

 

このころに、ローマ帝国の広大な領土内のさまざまな内紛が火の手があがっていた。もはや軍事の力だけでは、帝国を支えるのが難しくなっていた。内部分裂はピークに達していた。そこで権力者から民衆までが共有できる「国のヴィジョン」というものが必要になってきた。


国のヴィジョンを決めることで利用されることになったのがキリスト教である。なぜかというと、キリスト教には、ユダヤ教の選民意識にともなう排他性は少なく、民族や階級の区別をこえて、神の前におけるすべてのひとの平等をとくためである。


このようなあらゆる人に対して平等の精神性が、多民族による政治的統一体を形づくっていたローマ帝国が、民族を超える世界宗教へ発展するための足場にとなったこと、これである。キリスト教とローマ帝国とはまるで性質を異にしながら、「グローバル」という点においてだけは共通していた。そしてこの「グローバル」思想という共通性が、キリスト教の布教に幸いしたのである。


そして、キリスト教・ローマ人・ギリシャ人・ユダヤ人の考え方を融合させ、神への愛はもっとも貴重な価値観であるが、教会と付随的にしたがう君主は、富を蓄積することができ、各教会はこれを救いの準備に役立てることができるという、何がなんだか分からない継ぎ接ぎだらけの世界観を説いた。


簡単にいえば、富の蓄積(ユダヤ・ギリシア)+平等の精神(キリスト)+グローバル思想(ローマ・キリスト)の合体である。


こうしてキリスト教は、ローマ帝国内に数多くの信者を獲得していき、ギリシア・ローマの古典古代とともに、その後のヨーロッパの精神のバックボーンをなすことになった。このキリスト教とローマ思想の融合ともっともよく似ている現代の国家といえばアメリカである。