世界史4 ヘレニズム時代の哲学

エピクロス派とゼノン派



ギリシアで哲学者プラトンが死んで数十年後、マケドニアに征服されたギリシャ世界は、ヘレニズムという新しい時代を迎えることになる。

 

へレニズム時代を世界史的見地にたつとき、重要な時代であることが分かる。アレキンサンダー大王の大遠征によって、ギリシア文化とオリエント文化とがとけあって世界的な文化が成立したためである。その影響はローマを介してヨーロッパへ伝わり、他方、インドや中国をへてはるばる日本にも及んだ。

 

また、古代ギリシアの都市国家が崩壊し、広大なコスモポリタニズム世界の出現によって、ポリスの公共精神や民族意識がうすれ、個人主義の風潮がさらに強くなっていったことも重要である。個人主義が広がる一方で、混乱と不安の時代になった。ポリス(都市国家)を喪失してしまし、精神の拠り所がなくなってしまったからである。そして、それは人々が忠誠の対象も道徳の目標も見失ったまま、戦乱の続く不安定で広漠とした「世界」にひとりの孤独な個人として投げ出されたことを意味する。


この時代に登場したストア派エピクロス派の哲学は、どれもその「砂漠」の不安を乗り越えようとする点で共通していた。彼らは社会の変動にまったく影響されないような幸福を、ぞれぞれの仕方で目指した。

 

エピクロスが提唱した「快楽主義」は、人間の行動の目標は快楽であり、それが幸福に結びつくとするものだした。「エピクロスの庭」として有名になった庭園をアテナイの地にもとめ、彼はそこに学園を作った。エピクロスは、以後36年間にわたって俗世を離れ、ここでつつましくも友情のよろこびに満ちあふれた共同生活をおくることになった。そして、人はいかにして生と死にまつわる不安や恐怖から解放され、自足した生を営むことができるかを考え続けた。

 

「隠れて生きよ」というエピクロスが残した言葉も、世を捨てた隠者や、閉鎖的な教団の教祖の言葉として読むよりは、広大になりすぎた「世界」をまず隣人たちとの友愛のきずなを編み直すことから理解しなおそうとした人の言葉として読みたい。勘違いしてはいけないのは、快楽主義が主張するもっとも幸福な状態とは、肉体的な苦痛がなく、精神的に平静であること。実際、エピクロス自身も自然に溶け込んだ質素な生活を送ることに幸せを見出していて、文字から想像するように酒池肉林生活ではないこと。

 

一方、ストア派の創始者ゼノンは、人間の本質は理性にあると考えた。人間の欲望や感情は理性によって支配されるべきであり、欲望や感情に従って生きることは理性に背く生き方とされる。欲望、感情を抑え、理性に従って生きることこそ、もっともよい生き方であり、幸福なのだということから、「禁欲主義」と呼ばれた。禁欲主義を実践しているのが賢者であるという。この、ストア派の考え方はキリスト教の倫理観、道徳観とも相通じ、その後に大きな影響を及ぼしていくことになった。

 

両者の方向は、結局、「まわりの世界に動揺しない境地をいかにつくるか」という点で一致し、外的世界に対する無関心と逃避的態度を生んだが、自己の世界に収縮しながらも、そのことを通して人間の平等という貴重な精神を生み出した。