14.ジム・ロジャーズ「グローバル・トレーダー」

ジム・ロジャーズ / Jim Rogers

グローバル・トレーダー


概要


ジム・ロジャース(1942年10月19日生まれ)はアメリカ合衆国アラバマ州出身の投資家。クォンタム・ファンドの共同設立者。現在はロジャーズ・ホールディングの会長。2007年に家族とともにニューヨークからシンガポールに移住した。

哲学


意思決定


自分にとって大切なことや自分が望むことは、他人に頼らず自分で判断することだ。自分自身で調べ、考え、確信できることを探すことだ。そうすれば、ほとんどの場合、正しい行動をとることができる。

 

もし、周囲の人びとが君の行動を制止しようとしたり、バカにし始めたら、それは素晴らしい成功へのサインだ。大勢に従って成功した者は、これまで一人もいないんだ。それぞれの分野で成功してきた人たちは、素晴らしい独自のアプローチで仕事に取り組んでいる。世間一般の常識や慣習なんてものにはとらわれなくていい。

 

でも、規則、法律、道徳だけは守らないといけない。それがなければ社会は成り立たないのだから。それは正しい生き方というのではない。賢い生き方なのだ。高潔な人々は、法的な問題に巻き込まれたりせず、いつも最終的には成功する。

 

また、細部に注意を払えるかどうかが成功と失敗をわける。だから、注意深くなければいけない。どんな些細なことに見えても、決定を下すのに必要な情報をひとつひとつ調べないといけない。決して疑問や不透明感を残したままにしてはならない。大半の人が成功できないのは、とりあえずできる範囲で、不十分な調査しかないからだ。徹底的に調べること。それは大変な労力を要することだ。

 

決定をくだすときは、1つの意見だけでなく、対立する複数の意見などあらゆる資料を集めて検討する。複数の異なる見解を知ることで、パズルのように本当の姿が見えてくることがある。多くは見方の偏った情報源から発信されたものだ。全員の考えが同じだというなら、考えていないやつが混じっていると思う。

世界視点


できるだけ世界を旅することだ。そうすれば、視野をそれまでの何倍にも広げられる。もし、自分自身や自分の国のことを本当に知りたいのなら、世界を見てくるといい。世界を見ることで、自分の国ばかりでなく自分自身ももっとよく知ることができる。今まではなかった興味や関心を見出し、そして、自分自身の強さや弱さにも気づくことになる。



私が世界を冒険した人間の視点から、ブラジルと中国には強気でも、ロシアには弱気であり、インドに対しては懐疑的である。


ブラジルの状況は、次の15年はいっそうよくなるだろう。ブラジルは砂糖や鉄鉱石などの商品の生産に力を入れているからだ。主要輸出品である砂糖はキャンディーだけでなく、原油の代替エネルギーのひとつでもあるエタノールの原料だ。私は、これらの商品市況には強気だが、ブラジルの株式市場と通貨のレアルに関しては強気でも弱気でもない。

 

ロシアは合法的といえない資本主義だ。さらに50カ国あるいは100カ国にまで分裂し続けるかもしれない。124の民族的、言語的、宗教的に異なるグループが存在し、そのほとんどが旧ソ連によって形作られた共和国の一部であることを望んでいないのだから。暴力が加速し、モスクワとサンクトぺテルブルグ以外はロシアのマフィアが権力を持つことになるだろう。

 

インドは官僚主義が蔓延している。中国と比べるとインフラが整っていない。

 

50年後の今、米国では気がかりな傾向が見られる。指導者と国民の一部の間に、孤立主義や外国人嫌悪の感情が高まっているように感じられるのだ。米国は閉鎖的になるべきだと考えている。1930年代のブロック経済政策を繰り返すならば、結果は悲惨なことになる。世界は、恐慌と大戦につながった保護主義と「近隣窮乏化」政策を二度と許さないことを誓った。関税と貿易に関する一般協定が調印され、貿易と金融の自由化が始まったのは、そのためだ。世界はその結果、数十年にわたり前例のない成長と拡大を経験した。

 

だから、これらの傾向が継続される場合は、実物資産や自由に交換できる通貨など、混乱から恩恵を受けられる投資を行ったり、中立国に移住する必要もあるかもしれないだろう。

帰納、演繹、無視されているものを見る


いつか哲学を学んでほしい。何が自分にとって大切かを理解するためには、深く深く考える力が必要だ。何かを成し遂げるためには、まず自分自身を知らなければならない。哲学は私にその力を与えてくれた。


「自分の頭で、どのように考えるか」が重要だ。多くの人は、既成の概念にとらわれやすく、国家や文化、宗教などから大きな影響を受けている。それらの枠組みを取り払って自ら思索する、つまり真に自分自身で考えるということ、それが哲学なんだ。哲学を学べば、あらゆる概念とあらゆる「事実」を分析するようになる。

 

物事を考察する方法には2とおりある。観察から結論を導き出す帰納法と、それに頼らず論理だけで考えていく演繹方法だ。

 

●帰納法

観察から結論を導き出すのは、いたって簡単なやり方だ。たとえば、株式市場の歴史を振り返ってみると、商品と株式の強気相場は交互にやってくる。観察することによってある種のパターンがあることを発見するようなことだ。

 

●演繹法

論理的に考えるということは、たとえばこういうことだ。コーンフレークで世界最大のシェアを持つケロッグ社を例に説明しよう。コーンフレークは米、小麦、トウモロコシ、砂糖などの商品を原料としている。商品市況が低迷しているとき、これらのコストは低いので、売り上げが同じなら純利益が上がり、それらは株価に織り込まれて株高になる。しかし、商品価格が上昇してくると、コスト高になって、それでも、ケロッグはそれをすぐにコーンフレークの価格に上乗せして販売することはできないので、収益が圧迫される。そして、株価が下がる。商品が低迷すると企業はコスト安の恩恵を受け、商品が上昇してくれると企業は収益を圧迫されて株安を招く。筋道を作るということだ。

 

2つの方法のどちらが正しいというものでもない。いろいろなやり方でバランスのよい思考法を身につけることが大切なのだ。

 

帰納法と演繹法、そしてもう1つ。「誰も見ていないモノを探す」ことが重要だ。私はいつも「どこが弱気か」を探している。人びとが過熱気味のマーケットに夢中になって、他にも素晴らしい投資先があることなど忘れ去っているとき、私はそこに価値のあるものを探す。

四次元思考


歴史を学んでほしい。世界で起きている変化を、大きな視点でとらえてほしい。どのように世界が動き、そしてこれまでどのように動いてきたかという世界の全体像を理解するんだ。


さて、歴史とひと口にいっても、いろいろな歴史がある。経済史、政治史、それに欧米から見た歴史やアジア、アフリカ、南アメリカから見た歴史だ。どの歴史が一番重要であるかは問題ではない。頭のなかに、世界の4次元パズルがあって、異なる歴史はそのパズルのピースで、それらを組み立てると、より大きな現実が姿を現すことになるんだ。


歴史上の出来事と長期にわたる市場のを比較することによって、どんなことが起こったときに、商品や株式の価格が動いたのかがわかる。何かが流行ったときあるいは陰りが見えたとき、それが起こる前に世界はどうだったか、なぜそれが引き金になったのかを考えさせた。歴史を振り返り、出来事とその次代前後の市場、文化を分析して、大きな相場の流れをつかむんだ。そうすることで、どうやって将来の変化を予測するかがわかってくることだ。


歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む。人間はいつの時代も変わらない。一見、目新しいことが始まったように思えたとき、過去をしっかり振り返るといい。似たようなことが見つかるはずだ。誰かが「今回は、今までと違う。まったく新しいことだ」などと言い出したら疑うことだ。

心理学


歴史と哲学に加えて心理学を学ばないといけない。感情がしばしば社会やマーケットを動かすエンジンとなりうるからだ。


興奮して、トレンドに乗りたいと思ったときには、感情を抑えて、皆と反対の行動をとらなければいけない。誰もが売っていて、自分もそれに乗りたいと思うようなときに、「買う」というのは非常に勇気がいって、難しい。でも、これまでに、自分自身の感情についてずいぶん学んできたつもりだ。

 

プロを名乗る人々でさえ、ときには群集心理にやられてしまうことがある。「新時代」といわれるときに突入するときはいつだって、その世界で数十年にわたり評価基準として確立していたものを、人々は無視し始める。古典的な尺度は無視され、バカにされることさえある。しかし歴史上「新時代」が起こった後は、常に、多くの企業が崩壊し、消えていった。


人間の心理が価格に影響を及ぼすのは、ほとんど短期売買の場合だ。大衆は、ニュースに過剰反応して高値で買ったり、売らなくて良いものを投げ売りしたりする。バブルはヒステリーのうちにはじけ、暴落はパニックで幕を閉じる。価格がかなりの期間にわたり毎日下落しているときには、パニックが起こっているということだ。市場全体で価格が大幅に下落した場合には、注意するんだ。市場にヒステリーが起こったら売り、パニックが起こったら買うということだ。


とても単純に聞こえるが、実行するのは非常に難しいものだ。この格言を肝に銘じ、そしえ特に感情が高ぶったときには、注意するように。

変化をとらえる


れから起ころうとしていることを知るためには、世界で今起こっている出来事と変化をとらえられるようにならなければいけない、ということだ。

 

すべての社会的環境は時間とともに変化する。この変化は、ある者にとっては社会が開かれていくプロセスとして映るが、別の者にとっては閉ざされていくプロセスとして映るだろう。


私はいつも「変化をとらえなさい」と言っている。成功する者は、変化をとらえてきた。もうひとつ「触媒」が必要だ。「変化」は「触媒」と対をなす。赤ちゃんは子宮という触媒がなければ成長できない。インターネットも社会変化を大きく起こす「触媒」だ。どのような変化であっても、それはある国、あるいは業界において大きな影響をもたらすものでなければいけない。しかもそれは、数年以内にほかの人々にも大きな変化として認識されるようなものでないといけないんだ。

 

変化に、いかに対応すればいいのだろうか。もちろん、表面的な変化のことを言っているのではない。数十年に一度しかおこらないようなビッグチェンジのことを言っているのだ。


どんな展望であれ、変化を受け入れらないとすれば、すごい勢いで流れる濁流に逆らうようなものだ。少しの間くらいならそれも可能だろうが、すぐに力尽きてしまう。



時代の変化に合わせて、君たちが変わっていくのか、それとも


「昔はよかった」と嘆いて、変化を拒み続けるのか。


君たちには前者であってほしい。ただひとつ言えるのは、変化に対応できなかったものは例外なく滅んでいったということだ。