07.チャールズ・ダーウィン「種の起源」

チャールズ・ダーウィン / Charles Darwin

生命の樹


概要


チャールズ・ロバート・ダーウィン(1809年2月12日-1882年4月19日)はイギリスの博物学者、地質学者。進化論の貢献者としてよく知られている。


ダーウィンは、1859年刊行『種の起源』においてすべての生物は共通の祖先から時間をかけて進化する「進化論」を打ちたて、また、アルフレッド·ラッセル·ウォレスとのリンネ学会における共同出版で、生物は自然選択において発生する生存競争というプロセスを経て進化してきたというアルフレッドの理論「自然選択による進化」を紹介した。


最近の研究では、当時すでに正統派の博物学者として知られていたダーウィンが、無名で学会への影響力がなかった在野研究者ウォレスの理論に独自の言葉を当てはめて紹介したのが事実であるといわれている。ウォルス自身は自然淘汰説はダーウィンの業績だと述べている。


種の起源


自然選択


ダーウィンの主要な科学的主張はまず「自然選択」である。「自然選択」とは、生物が生存闘争を行う際に、少しでも有利な能力を持つ生物が生存して、その生物は子孫を残し、また生存に適しないものは滅びるという理論である。


ほかの生物と異なる「少しでも有利な能力」のことを「変異」という。変異は生活のための生存闘争の結果として自然と生じたものである。


人間世界において「変異」とはどんなものがいえるだろうか。たとえば「一神教」「理性」「貨幣」などが当てはまるのではないだろうか。これらの思想や道具は、その起源をたどると、もともとは力の弱い弱者たち(マイノリティ民族や農耕に適さない土地に暮らす民族など)が、厳しい生存競争を勝ち抜くため発明されたものであることが分かっている。暴力的な古代の絶対権力は常に「貨幣」や「理性」を嫌っていた。

 

また「変異」が、いくらでも自分の利益になるものであると分かったら、変異はその個体を保存させるようにはたらき、またその変異は子孫に受け継がれていくという。これは教育のようなもので、子孫もまた生存に有利な変異を継承していくことで生存の機会をよりめぐまれやすくするのである。

 

そうして、どんなささいな「変異」でもそれが有用であることが別れば保存され、自分に有用な一定の方向へ合算していく。この「変異」の選択と保存と継承の原理を、ダーウィンは「自然選択」とよぶことにした。これは人生に無駄なので要らないが、これは人生に有用であるから選択するという、私たちが普段当たり前のように行っている行為である。

 

ただし、一見その形質が生存競争に特に有利ではないものが選択される場合もある。異性に対するアピールとして進化した形質(クジャク雄の羽など)は、「性選択」と呼ばれる。



生存闘争


次にダーウィンの主張で重要なのが「生存闘争」である。前述した「自然選択」は、「生存闘争」内でおこなわれる。

 

「生存闘争」は、あらゆる生物の数がものすごいいきおいで増加していく環境で起こる不可避的な事象である。すべての生物は生きているあいだに多数の卵、あるいは種子を生じるものであるが、滅びないといけないものがある。


なぜ闘争しなければいけないのか? 生物界のルールでは、滅びなければ、幾何学的・等比数列的増加の原則によって、その個体数はたちまち法外に増大し、どんな国や土地でも収容できなくなってしまうのである。このように自然界では、常に収容環境以上に多くの個体が生まれてしまうので、「生存闘争」が生じることになるのである。


こうしてダーウィンは、確信をもってつぎのことを著書「種の起源」で主張する。すなわち、


・あらゆる動植物は幾何学的の比で増加する傾向をもつこと

・存続しうる場所ならどこでも、きわめて急速にそこに繁殖すること

・そしてこの幾何学的な増加は、生涯のどの時期からに破壊によって抑えられる

 

ということである。

 

われわれは比較的大きな家畜をみなれているんで、そのために生物の数を人工的に調節できるものであるのだと誤解するのだとダーウィンはいう。われわれは、それらの家畜に大きな破壊が加えられているのを見ていない。われわれは毎年何千頭もの動物が食料とするために殺されていることや、自然の状態でも同数のものがどんなにかして除去されているのであることを忘れているという。


生物は一生のある時期、一年のある季節、各世代、あるいはときどき、生活のために闘争し大きな破壊をこうむらなければならないということを、かたく心にとめておくことであるとダーウィンは主張する。そして死は一般に即刻ものであること、強く健康で、そしてなにより運のいいものが生き残ることを、完全に信じることによって、自分をなぐさめることができるのであると。


生殖本能と性欲のちがい


生物の繁殖率の高さは、性欲の強さとはあまり関係がないとダーウィンはいう。繁殖率の大きさは環境条件がおおきく左右するという。

 

たとえば、家畜業のひとなら実感できることかもしれないが、動物を飼いならすことそのものはきわめて簡単である。しかし、それら飼育している動物に子どもを産ませるのはじつはむずかしいことなのである。 この場合、性欲は関係がない。たとえオスとメスが交尾する場合が多くても、子どもはなかなか生まれないのだという。

 

つまりあまり厳しくない環境で、大事に平和に飼いならされるほど子どもが生まれづらいというのである。上野動物園のパンダなんかもそうであろう。 この理由はとしては、「生殖本能」がそこなわれたことだという。

 

生殖本能と性欲は結びついてはいるものの、正確には異なるものである。

「生殖本能」とは種族保存を目的とする本能のことである。自分の分身をつくりたい、残したいという欲求である。野生の環境にいる動物は、常に死にさらされている。生存競争が厳しいことから「生殖本能」が強く、そのため受精して子どもが増えやすくなるという。

 

もちろん飼い慣らした状態でも繁殖能力のつよい生物もいる。ウサギやフェレットがその例であり、ウサギやフェレットは飼い慣らしていても「生殖本能」が弱まることはないようである。