06.ジル・ドゥルーズ「差異と反復の哲学」

ジル・ドゥルーズ / Gilles Deleuze

差異と反復の哲学


概要


ジル・ドゥルーズ。1925年パリ生まれ。

 

ヒューム、スピノザ、ベルクソン、ニーチェらを独自に読み解き、存在様態の「潜在性」「微分性」を着目して「差異の哲学」を構築した。

 

精神分析学者のガタリと出会って構造主義的な見方を超え、現代資本主 義を分析した共著「アンチ・オイディプス」、「千のプラトー」では、「リゾーム」「戦争機械」「器官なき身体」など新しい概念を次々に生み出し、日本の思想界にも大きな影響を与えた。

 

ほかにプルーストやカフカなど近代文学の読解、美学、映画論などの著作もある。肺病が悪化し95年、自宅から投身自殺。

差異と反復


ドゥルーズは、「他人と同じ」「一般性」を前提とした思考や規定や判断に対して徹底的に批判し、他者と他者とのちがい「差異」を肯定するのが最大のポイントである。


たとえば「健常者」と「障害者」の差異を肯定する。しかし、それは違いや個性を大切にという意味ではなく、「健常者」は「健常者」が存在しており、「障害者」は「障害者」として同じように存在しているという。

 

しかしながら、私たちは何らかの基準にもとづいた判断基準を持って物事を判断しないならば、それは、ほとんど狂気に陥ってしまうことになるだろう。それでも私たちはできるだけ、自分が理解しがたい狂気や事象に対峙する必要があるのだ。よくよく考えてみれば、差異の中にある無限の小さな差異を受け入れなければ、創造もありえないし、進化もありえないからである。差異が創造や発展をうながすという事実を見過ごしてはいけない。


次に、この他者との差異を発生させる場を認識する必要がある。差異が発生する場とは「反復」である。ドゥルーズは、差異とは反復であるという。反復とは差異を発生することである。反復とは「同じ」という意味のように思えるが、どんな反復にも厳密には同じことの反復は存在しない。天体の運行も、私たちの毎日の習慣も、厳密に同じ事態の反復ではなく、差異を含んでいるはずである。


こうした一見「同じ」に見える反復を何度も繰り返していくことで、微細な差異の集積となりそれは、創造や進化へとつながっているのである。だからあらゆる差異を肯定しよう。「違う」からといって「正しさ」に基づいて「違う」ものを批判する思考はやめ、受け入れよう。これがドゥルーズの主張である。



微分的


また、ドゥルーズによれば差異を生産する場は、数学的にいえば、理念的的差異であるという。差異には前個体的な差異である「理念的差異」というものがある。それは潜在的・微分的な存在ともいう。

 

たとえば実現化された魚の個体には尾があるとしても、前個体的な卵のレベルでは尾の形ににたものが何もない。蝶が実現化された形態であれば、蛹の中の見えない幼体が前個体的なものである。

 

革命のような1つの事件が起きる時、その事件の背後では、さまざまな物と身体の相互作用が不断に変化しており、1つの事件はそのような無数の変化のいわば表象にすぎない。しかし事件の表明はあくまで言語によってなされるしかない。この言語が理念的なものである。


ドゥルーズ関係の日本語訳では、前個体的差異をよく「差異的」=「微分的」と訳している。微分とは、差異と差異の関係を限りなく生産する場を表現するものである。放物線の微分方程式を解くことによって、相互に異なる無数の放物線を描き出すことができる。たとえば円周率パイは、いくら計算しても、真n値は定まらない。無限級数の極限であるから微分的なものである。


そして、ドゥルーズは微分的なものが自然界に潜在しているという。それは「見えないもの」である。微小な差異が、予測不可能な仕方で、巨大な差異に変貌する。それは差異(=微分)の反復が累積され「予定調和的」になり現実化(=積分)となる。カオスが出現するのである。



ドゥルーズ=ガタリ「アンチ・オイディプス」


『アンチ・オイディプス』は、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの共著である。精神分裂病を人間にとって呪われたものとしてとらえ、資本主義社会を突き動かしている欲望はまた、この精神分裂病の解放と不可分なものと見ている。


その社会は、アナーキーな欲望がひしめきあいながら、本来決められているはずの法(ルール)、ジャンル、カテゴリ、形式を飛び越えても境界線もなく横断して結びつくイメージである。いろんなものと支離滅裂的にむすびつきながら、欲望を触発して活動しているという。思考の同一性、安定性、形式、表象から逸脱することである。


本来、こうした形式やルールから逸脱する「欲望」は抑えるべき悪いものと考えられることが多い。フロイトでいうところの父の威嚇によって罰せられる。しかし、ドゥルーズは、本当の「欲望」は、自分自身を生み出す創造的な働きのはずだというのである。


欲望が本来、創造的なものであるのならば、それは当然、反社会的(=革命的)な要素を含むことになる。父の命令(法、形式、ルール)に背くことになるからだ。この資本主義が解放する「欲望」と「社会」が対立するとき、間違っているのは、実は社会の方であるとドゥルーズはいう。社会は、オイディプス(父)の姿を借りて、この欲望を一つの姿に抑え込もうとする反動の力が生じるのである。


ドゥルーズはこの欲望を制限する原因となっているのが、近代的家族の制度だという。子どもはもともとお母さんと一緒に、すべてが満たされた一体の世界に生きている。その状態に父親は社会の代表者として介入し、子どもをその母親の世界から連れ出し、社会のルールや規範を教える。その結果、子どもは他の人との安定的な関係を築けるようになり、社会的な存在となるのである。これがフロイトによる近代家族のモデルだ。


ドゥルーズはこうした近代家族のモデルを批判する。このモデルによって禁欲的でパラノイアック(偏執症的)な人間が育ち、人びとの欲望が十分に解放されないのだと。だから、どんどん欲望を自由に連結させて、多様で多形なスキゾフレニック(分裂症的)なものにしていくためには、家族こそが破砕されなけれなならないというのだ。


ドゥルーズは、資本主義と欲望をもっともっと追求せよ、そしていろんなものが横断して結びつき創造を爆発させよという主張なのである。欲望を肯定するままでいたら、とんでもない社会になってしまうという発想はこの本では徹底して批判され、哄笑されているのだ。



3つの反復


第一の反復とは「習慣」である。「現在」の反復である。この反復は同じ要素を水平的な方向に配列したものにすぎない。しかしこの一番単純な反復でさえ微細な差異を含んでいる。


第二の反復は「記憶」である。この反復は現在という瞬間の水平的な継起ではなく、同時に現在と過去のうちにある。この反復にとって現在とは、いつも反復する過去そのものである。どんな過去も、じかに現在に到来するのではなく、現在として、現在のうちで、異なるものとして反復されなければ、現在へといたりえない。思い出すことは、過去を現在のうちに異なるものとして反復することである。過去の反復はラカンでいうところの「去勢された男根」と似ている。


第三の反復は「超越的」な反復である。「超越的」は、経験不可能な、先験的な次元である。この反復は「未来」の反復であり、そしてこの未来の反復こそが、まさに差異の反復である。第一と第二が「エロス」の反復であれば、これは「死の本能(タナトス)」に関わっている。


この未来の反復に、独自の肯定性と創造性をドゥルーズは発見している。この反復は「時間の空虚な形式」ともよばれる。これまでの自分の思考の中に差異を導き入れ、思考はこの差異から発して思考するのであるという。注意すべき点は、ドゥルーズは差異の思考を導き入れる際、意志や能動性は重視していない。何らかの力が受容されることで差異の思考が働く、生成変化が起こるという思想である。ドゥルーズは「変わる」ことは徹底的に考えたが「変える」という能動的な変革は考えていない。


この第三の反復において、エロスは「無性的」になり、「愛のない」ものになり、まったく「中性的」なものになり、「無機的」なものになる。ドゥルーズは無機的、無性的、中性的エロスを肯定的な方向で考えていたようである。(参考文献:『ドゥルーズ流動の哲学』宇野邦一)

リゾーム


「リゾーム」(根茎)とは、タケやハスやフキのように横にはい、根のように見える茎、地下茎である。リゾームは樹木と対立するという。


樹木は、秩序とよぶものの特徴を備えており、これには一本の幹、あるいは中心がある。それを支える根、幹から広がる枝は対称的に広がっている。中心からの距離によって定められる序列があり、規則的に、幹から枝、枝からさらに細かい枝へと、同じ形の分岐が中心から末端にむけて繰り返される。


これに対してリゾームには、全体を統合する中心も階層もなく、ただかぎりなく連結し、飛躍し、逸脱し、横断する要素の連鎖があるだけである。


ドゥルーズ=ガタリは、リゾームという言葉で異質な規則や配列や運動によって定義される別の秩序でありうることを示した。さまざまな領域で共通にあらわれていた「異質な秩序」を横断しながら、それを1つの連続体として配列し、リゾームという概念によって結び合わせ、その連続体をしっかり目に見えるものにし、肯定的な可能性を読もうとするのである。(ドゥルーズ流動の哲学 宇野邦一)

略年譜


■1925年

1月18日パリ17区に生まれる。父親はエンジニア。二人兄弟の弟。兄はレジスタンス活動でナチに逮捕され、強制収容所にむかう列車の中で死去。

 

■1944年

リセ・カルノー卒業。ソルボンヌ大学で哲学を学ぶ。教授にはアルキエ、イポリット、カンギレム、また友人にフランソワ・シャトレ、ミシェル・ビュトール、クロード・ランズマン、ミシェル・トゥルニエなどがいた。


■1947年

教授資格試験のためにヒュームについての論文を執筆。


■1948年

哲学の教授資格試験に合格。アミアンのリセの教員になる。


■1953年

オルレアンのリセの教員となる。47年に書いたヒューム論が『経験論と主体性』として出版される。


■1955年

パリのリセ・ルイ=ル=グランの教員となる。


■1956年

ファニー・グランジュアンと結婚。


■1957年

ソルボンヌ大学の助手となる。


■1962年

ミシェル・フーコーと知り合う。『ニーチェと哲学』を刊行する。


■1960年

国立科学研究センターの研究員となる。


■1964年

リヨン大学の講師となる。


■1968年

国家博士論文『差異と反復』、副論文『スピノザと表現の問題』を提出。この年フランス全土に広がった政治運動に学生たちとともに連携する。


■1969年

パリ第8大学(ヴァンセンヌ校)教授となる、フェリックス・ガタリと知り合う。フーコーがリーダーをしていた「監獄情報集団」(GIP)に加わる。この年に肺を手術している。


■1972年

ガタリとの共著『アンチ・オイディプス』を刊行。


■1975年

ガタリとの共著『カフカ』を刊行。


■1980年

ガタリとの共著『千のプラトー』を刊行。


■1983年

『映画1-運動のイメージ』を刊行。


■1984年

ミシェル・フーコーの死。弔辞としてのフーコーの『快楽の活用』の一部を読み上げる。


■1985年

『映画2-時間イメージ』を刊行。


■1986年

『フーコー』を刊行。


■1987年

パリ第8大学を退官。


■1988年

『襞―ライプニッツとバロック』を刊行。


■1991年

ガタリとの共著『哲学とは何か』を刊行。


■1992年

肺の病が悪化し、手術後は人工肺ですごす。ガタリが急死する。